駅からあるき by DJ Kei
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急行列車あれこれ

2016年3月のJRダイヤ改正により,唯一残っていた定期急行列車「はまなす」が廃止となった.これにより,JRから急行列車(定期)が消えることが決定した.今後,臨時で急行列車は残ることになるが,今後,急行列車制度の存廃も含めて議論されることになるのかもしれない.以下では,ここでは私が利用したことのある国鉄・JR急行列車を,記憶のある限りではあるが紹介しようと思う.

急行「紀州5号,6号」

(乗車区間:名古屋→紀伊勝浦,紀伊勝浦→名古屋,運行区間:同左,自由席?)

利用したのは小学生の時であり,もちろん家族同行だが,とても興奮していてよく寝付けなかったのを記憶している.5号は夜行列車であり,名古屋から亀山を経由して紀伊勝浦へ向かっていたが,亀山でスイッチバックした時には驚いて,名古屋へ戻るんじゃないかと思ったのをはっきりと覚えている.到着後は,確か串本の海中公園へ行ったが,それ以外に行った場所はあまり覚えていない.また,自由席だったか指定席だったかのはっきりした記憶はないが,早めに駅へ行ったような覚えがあるからたぶん自由席だったと思う.帰りは,やはり急行の紀州6号?で,この列車は伊勢線(現在の伊勢鉄道)経由だった.

急行「かすが」「平安」

(乗車区間:名古屋→亀山,名古屋→柘植,奈良→名古屋など,運行区間:名古屋-奈良・京都,自由席)

かすが私が最も長期間かつ最もよくお世話になった国鉄(JR)急行列車である.「かすが」は,時代によって併結列車が変わっていて,「平安」や「紀州」,「志摩」などと併結していたこともあった.よく利用したのは名古屋-亀山間.JR後は,名古屋-奈良や名古屋-柘植などによく乗車していた.最後の最後には「かすが」単独の,しかも1往復だけの運転が長らく続き,ついにJR東海最後の急行(昼行)として廃止が決まった.

急行「のりくら」「うなづき」

(乗車区間:名古屋→富山・宇奈月温泉,名古屋→高山など,運行区間:名古屋-富山・宇奈月温泉,自由席)

名古屋から高山本線に入る優等列車は,特急の「ひだ」と急行の「のりくら」だったが,私にとって愛着のある列車は「のりくら」の方であった.また,季節運行として,富山地方鉄道の宇奈月温泉まで乗り入れる「うなづき」号が連結されていることもあった(これ以外に立山へ乗り入れる「むろどう」もあり,こちらは夜行「のりくら」に併結されていた).実際,「うなづき」に乗って,宇奈月温泉から名古屋まで乗り通したこともある.高山本線から眺める美しい風景を堪能するには,急行列車がよかったし,料金も手頃だった.現在は富山地鉄への直通も無くなってしまった.

急行「つがいけ51号」

(乗車区間;名古屋→簗場,運行区間:名古屋→信濃森上,自由席,臨時列車)

初めて単独での夜行利用は,この列車.高校1年の夏休みだった.当時の信州ワイド周遊券利用で,夜行日帰りだった.確か165系だった記憶がある.列車はかなりすいていた.早朝の仁科三湖に寄るために簗場まで乗車し,海ノ口まで徒歩移動した.その後小海線に乗車し,小諸の懐古園に立ち寄った後,長野から「しなの」で帰ってきた.小海線は,雷雨のため途中区間が代行バスだった.

急行「たかやま」

(乗車区間:岐阜→大阪,運行区間:飛騨古川→大阪,自由席)

下の「だいせん5号」を利用するために,岐阜から大阪までこの「たかやま」に乗車した.自由席利用であったが,東海道本線内のみの利用も多かったし,車内も結構混んでいた.この列車も現在は特急「ひだ」として運転されている.

急行「だいせん5号」

(乗車区間:大阪→米子,運行区間:大阪→出雲市,自由席)

高校1年の春休み,山陰と山口県の旅行のために利用.山口・秋芳洞ミニ周遊券利用だった.ミニ周遊券は急行自由席は追加料金不要(急行指定席は指定席券の他急行券も追加購入必要だった)であり,そのため,急行「たかやま」(自由席)で岐阜から大阪へ行き,そこからこの「だいせん5号」の自由席を利用したのだった.当時「だいせん5号」は7両編成で,自由席は1両のみだったので,早めに乗車ホームへ行って列に並んだ.車両は14系客車で,4人掛けのボックスシートはすべて埋まり,窮屈だった.また,大阪から福知山線区間は,先行する普通列車とのスピード調整のためか,とてものんびり走っていた.あと,暗闇の中,餘部鉄橋を渡ったことを覚えている.この後,客車列車(50系)などを使って山陰を回り,翌日,急行「さんべ」を利用して山口県入りした.50系客車は,長門市から下関の移動にも使用した.

急行「さんべ」

(乗車区間:仁万→東萩,運行区間:鳥取→博多,自由席)

山陰から山口県(萩)へ向かうために利用した.日本海の眺めがとても素晴らしかったことを覚えている.もう一度あの眺めを見てみたいのだが,なかなか行く機会がない.

急行「きそ51号」

(乗車区間:名古屋→妙高高原,長野から快速運転,運行区間:同左,自由席,臨時列車)

高校2年の夏休みだっただろうか,この列車に乗車した.列車は14系客車.自由席利用で,臨時列車だけあって乗客は少なかった.信州ワイド周遊券利用で,1週間ほど長野県を中心に回るための旅行だった.この列車の利用後,1日だけ18きっぷで遠征をして,新潟県の蒲原鉄道(五泉-村松,現在は廃止)に乗りに行った.蒲原鉄道は当時,五泉-村松間のみが残っていてそれに乗りに行ったのだった.蒲原鉄道の記憶も強く残っているのだが,それよりも途中の信越本線から見る海の青さ,帰りに飯山線に乗車したときの信濃川の美しさなどがとても印象的であった.飯山線の列車は窓が開けられたが,トンネルに入ったときの空気の冷たさもはっきりと記憶している.このときの旅行では,その後上田交通(現在上田電鉄)にも乗っていて,当時まだ現役で走っていた丸窓電車に乗車した.また,帰りには飯田線を乗り通した.その他,高原バスとして知られていたビーナスラインを走る国鉄バス(今は諏訪バスなどが運行)にも乗車した.当時は小諸から上諏訪まで直通運行で,その全区間に乗車したのだが,霧ヶ峰近辺で窓から見えるニッコウキスゲの群生がとても印象的であった.

急行「信州2号」

(乗車区間:長野→小諸,運行区間:長野→上野,自由席)

前記の,長野県をまわる旅行の途中で利用した.小諸から国鉄バス(上諏訪行)に乗るためのアクセス列車として利用した.車両形式は忘れたが165系だと思う.

急行「天竜1号」

(乗車区間:上諏訪→伊那市,運行区間:新宿→飯田?,自由席)

不思議なほど記憶が薄いが,前記の信州ワイド周遊券を使った旅行の帰路,飯田線経由で帰るための利用.列車は相当混雑していて座席に座れなかった.伊那市で下車したのは,その後高遠へ立ち寄るためで,ここにも国鉄バスが運行していた.この国鉄バス路線は現在でもJRバスが運行しているが,本数はずいぶん減ってしまった.

急行「いよ2号」

(乗車区間:松山→多度津,運行区間:松山→高松,自由席)

いよ2号は,大学1年のとき,四国を一周する旅行途中で利用した.当時すでに急行「いよ」は2往復ぐらいになっていて,予讃線の優等列車は特急「しおかぜ」がほとんどであった.いま思えば「いよ」が全廃になる寸前の乗車であった.

急行「あしずり1号」

(乗車区間:高知→窪川,運行区間:高知→中村,自由席)

高知から窪川まで乗車し,予土線に乗るための乗車であった.窪川に近づくにつれて急に山深い風景に変わっていったことが印象に残っている.

急行「うわじま?号」

(乗車区間:宇和島→松山,運行区間:同左,自由席)

前記の予土線乗車の後,松山まで乗車するための利用であった.宇和島発は15時頃だったと思うが,宇和島発車時点から列車はほぼ満席だったことが印象に残っている.

急行「きたぐに」

(乗車区間:米原→富山,大阪→長岡,大阪→新潟,新潟→大阪,運行区間:大阪←→新潟,A寝台,B寝台3段,自由席)

きたぐに急行「きたぐに」は何度か乗車している.最初に乗車したのは,米原から富山までの乗車であった.当時発売されていた「ルート周遊券」というのを利用して,黒部峡谷鉄道と立山黒部アルペンルートに行くためであった.米原から自由席利用だったので座席を確保するのに苦労した.富山で下車して,富山地方鉄道に乗って宇奈月まで行き,その後はアルペンルートをまわったが,アルペンルートは猛吹雪で,外に一歩も出られないまま下山してきた.
その後の乗車は,ほとんどが最近の乗車で,いずれも寝台車である.JR只見線・磐越西線乗車のためや,尾瀬へ行くための利用である.一番印象的だったのは,夏休みお盆前の乗車の時.尾瀬行き目的で利用した.時期が時期だけに,もちろん列車は満席であったが,敦賀あたりで列車が野生動物と衝突し,ブレーキホースが破損して,立ち往生.結果として,快適な寝台車で長岡まで乗るはずが,敦賀から代行運転の485系の座席(普通車)に座らされた.代行列車でももちろん満席,というより座席が足りない状態であった.またダイヤが乱れていて予定していたルートでは尾瀬に入れないことが確定していたので,代行列車はさっさと見捨てて,直江津で下車し,北越急行線+JR上越線で沼田へ行き,尾瀬へ入山した.ダイヤが乱れていて予定を立て直す必要があったので,車掌から時刻表を借りて接続を調べていたのだが,車掌に聞いても代行列車がどの程度遅れるかがわからないというから,最後は勘を頼りに乗りついでいくしかなかったが,運良く乗り継ぎはうまくいき,何とかその日のうちに尾瀬入山できた.いささか負け惜しみにはなるが,予定変更を余儀なくされるときに,時刻表を駆使していかにプランニングを工夫できるかが腕のみせどころであり,鉄道旅行の醍醐味である.これが出来ない人は,ただただ文句をたれ,二度と夜行列車なんか利用するものかという気になるのがオチである.このようにトラブルを楽しみに変えてしまえるところが鉄道旅行の楽しさともいえる.2012年に不定期化され,編成やダイヤも変わってしまい,昔の夜行列車らしさはかなり失われてしまった.そして2013年正月の運転を最後に廃止となってしまった.

急行「能登」

(乗車区間:金沢→上野,運行区間:同左,B寝台3段)

急行「能登」は,現在上野から上越線を経由して金沢へ行っている(2010年不定期化されその後廃止)が,当時は信越線(長野)経由であった.当時,列車は14系客車で,B寝台3段式を利用した.どの段だったかは記憶がないが,窓から海を眺めた記憶があるから,たぶん下段だったと思う.碓氷峠越えのところでは,寝台で横になりながらも列車の勾配を感じた記憶がある.

急行「はまなす」

(乗車区間:札幌→青森,運行区間:同左,B寝台)

北海道からの帰りに利用した.確か,この後青森から特急「白鳥」に乗って京都まで乗車(当時の「白鳥」は大阪-青森の運転)し,その後新幹線で名古屋へ戻ってきた.春休みで3月末に近いせいか,集団就職っぽい団体客が自由席(指定席だったかも?)に乗っていたこと,青函トンネル区間を走っていたときに少しだけ起きていたことを覚えている.

急行「ちくま」

(乗車区間:米原→木曽福島,大垣→木曽福島,運行区間:大阪→長野,グリーン車)

ちくま「ちくま」を利用したのは,木曽御嶽山への登山利用のためであった.木曽福島に2時30分ごろ到着し,3時40分ごろ出発するバスに乗って田の原へ向かった.現在は「ちくま」および夜間運行バスともに無くなってしまった.1回目の乗車の時には,東海道本線の稲沢あたりの踏切事故のため,1時間以上遅れていたにも関わらず,木曽福島には定刻に到着したことなどを覚えている.余裕時間がありすぎるのだろう.2回目の利用時には,定刻運転だったが,途中の運転停車でたっぷりと停車時間をとっていた記憶がある.この列車もなくなってしまった.

寝台急行「銀河」

(乗車区間:東京→大阪,大阪→東京,運行区間:同左,A寝台,B寝台)

銀河私にとって,一番利用した回数が多いと思われる夜行列車.2008年に廃止になったのは,ただただ残念.たぶんA寝台上下段,B寝台上下段とも利用経験有り.尾瀬からの帰り,関東地方への鉄道旅行,そして目的もなくただ寝台列車に乗りたいだけの時にもよく利用した.

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